2004.8.9

いよいよ出発の朝です。と言ってもまだまだ準備が足りません。
なにしろ、持っていく着替えやタオルの大半が、前日の夜干した、と言う有様です。
本当は昼に干そうと思っていたのですが、その前日呑みに行ってずーっと呑んでいた影響で昼間はグロッキー・・・(-_-;)
夜になってやっと回復した、と言う状態だったのです。
夜干した洗濯物を朝取り込むわけですから、当然半乾きですが、しょうがありません。
日程予定分の七日間分の洗濯物を取り込み、畳んで準備します。
で、準備物のメモを見ながら忘れ物がないかチェックをし、いよいよ出発です。

今日最初の目的地は、上州箕輪城。そのためにはひとつ山を越えなければならないのですが、
ルートで言うと国道18号で、軽井沢や碓氷峠を経由するルートと、
国道254号県道93号でこんにゃくで有名な?(ロードサイドに看板は本当に一杯あります)
佐久から下仁田へ抜けるルートとありますが、今回は国道18号を選択します。
単純に地図で見ると一番近いからなんですが(^^;)
「夏の軽井沢」というのが車が多そうだと、少々引っかかるところではありますが、
「碓氷峠」という「頭文字D」にも出てきたらしい有名な峠はやはり走ってみたい。
それがやはりライダーの本能かな、と。
一回、松井田側(東側)から走ったことはあるんですが、逆側はないと言うこともありましたし。
で、軽井沢までのルートなんですが、やはりそこは日本一有名な?避暑地。しかもお盆休み前。
少し道が込んでいたような覚えがあります。
で、国道18号を軽井沢方面に進んでいくと、
「軽井沢を通過する車は右へ、軽井沢方面へは左へ」とか言う感じの看板がある分岐があります。
ここを左に行けば軽井沢市街を抜けて碓氷峠へ行くらしいのですが、
当然と言った感じで行った先は碓氷峠のバイパスです。
峠のあたりで今ツーリング初のピースサイン。相手は荷物満載のNSR250?でした。

で、くだりは結構カーブがきつかったんですが、峠が終わると国道18号本道と合流します。
国道18号を東に進み、途中コンビニで水分補給をしながらツーリングマップルで道を確認します。

目指す上州箕輪城は、高崎市の北、箕郷(みさと)町にあります。
町内は道もあまり広くなかったのですが、箕輪城への案内の看板はよく出ていて迷わずに済みました。
さて、箕輪城というのは戦国時代に甲斐の武田信玄が攻略に手を焼いた城として知られていますが、
地図で見ると、結構変な位置にあるような気もします。
ま・・・素人考えなのですが、武田信玄の本拠地、甲府から遠いんですね。
あくまで地図で見た範囲ですから、当時の道の整備状況や勢力範囲によっても異なってくると思うんですが、
なぜここまで、しかも当時の戦国大名たちの目標であり、実際信玄も目指した京とは逆方向に進出するのか?と。
ま、その理由はさておき、信玄がこの城に数回にわたって侵攻したと言うのは史実な様です。
当時の城主は長野業政。関東管領山内上杉憲政の重臣で信玄の攻撃をよく凌ぎましたが1561年に病没。
後継の城主は息子の長野業盛で、よく奮戦したものの、力及ばず自害、城も落城。

春風に 梅も桜も散り果てて 名のみぞ残る箕輪の山里

と言う辞世の句を残したそうです。
似たような話で思い出すのが筑前岩屋城の高橋紹運。
「嗚呼壮烈岩屋城址」の碑が建つというその地には二回ほど行こうとしたことがあるのですが、
二回とも災害で道が通行止めのため、行けなかったという経験があります。
話を箕輪城に戻しますが、町内を道標に従って進んでいくと、交差点のかどに小学校があり、
そこに大きな案内板が出ていました。小学校は山(丘?)のふもとにあり、その山全体が箕輪城址だったのかな。
交差点を右に曲がり案内板を見てからさらに進むとY字路があり、間違って右に進んでしまったのですが、
左に曲がって少し行くと、住宅と住宅の間に細い道があり、そこから入っていくと、目指す箕輪城址があります。

バイクを停めたところはかつての二の丸跡。
そこから本丸跡まで歩いて少しでした。

箕輪城址  箕輪城址本丸跡に建つ石碑

城は発掘作業の途中なのか、ブルーシートが掛けられたところも多くあり、
立ち入り禁止のロープも目立つのですが、城全体として形がよく残り、雰囲気が感じられると思います。
有名な句ではありますが、本当に「夏草や 兵どもが 夢のあと」・・・
もう何百年と言う昔のことではありますが、鎧兜に身を固めた武将や雑兵たちが
今私が立っているのと多少様子は異なれど、同じ空間に存在したと言うのは不思議な感じではあります。

箕輪城を後にすると、次に目指すは甘楽(かんら)町です。
ツーリングマップルにて計画を練ったときに、
「織田氏七代の墓」「日本一の摩崖仏」「日本名水百選」と言ったものが
そう遠くないところに集中しており、次の目的地に決めたのです。
地図上で見るとその甘楽町は箕輪城からほぼ真南にあたりますが、
ルートとしては、いったん高崎市に出てから、と言う感じにしました。

しかし、このツーリングはひたすら暑かった。
私自身、南国鹿児島の出身だから関東の暑さなぞ大した事あるまいと高をくくっていた部分もあり、
一方で上はメッシュとはいえレザージャケット、下もレザーと言ういでたちであったということもあり・・・
また愛車が夏は股間にストーブを抱えている様と一部で揶揄されるVFR・・・
発汗量と給水量はただ事ではなかったように思います。
ここまでに、缶コーヒーと500PETコーラを飲み干し、箕輪城跡の水道でも顔を洗って水分補給したにもかかわらず、
また高崎市内のコンビニでアイスを買って食べていました。

さて、その高崎市内で少々迷いつつ
(観音山?という郊外の城山みたいなところに、それぞれ東西の登り口から一回づつ登ると言う体たらく・・・)
ガソリンを補給して南下すると、国道254号に出ます。
出てから本来は西に進むべきところを東に進んだりもしつつ、
地図で確認してからUターンしてしばらくしたところで、
このツーリングで何度となく聞かれる事を初めて聞かれることになりました。
相手は(そのときはそういうバイクがあると知らなかったのですが)、
白いタンクにシンプルなスズキマークのST250にまたがった、40台くらいの男性。
「鹿児島からですか?」

そうです。
いかに引っ越して来たといえども、住民票も移したといえども、
バイクのナンバーは「鹿児島」のままです。
ツーリングの季節に、フルフェイスヘルメットが合計四つは入るケースをつけて
「鹿児島」ナンバー背負って関東を走っていたら、そう聞かれて当然なのでしょうが・・・
「出身はそうだが、現住所はどこどこで」と説明する手間と、相手の少々落胆したような顔を見ると、
うそも方便、「そうですよ〜」と答えるのもありだったか、と今になってみれば思います。

で、そういう説明を信号待ちの間しながら、途中の交差点で道中安全を祈られて別れ、 たどりついたのは甘楽町の総合公園。
ツーリングマップルで見ると、ここの近くに「日本名水百選」のひとつ、「雄川堰」があるらしいのですが。
確かに公演のすぐそばを川が流れているものの、コンクリートで護岸され、
雑草も伸び放題で、とても名水百選と言った雰囲気ではありません。
「堰」と言うからには川の途中にはあるんだろうけれども、上流見ても下流見てもそれらしきものは無し、
名水で潤そうと思っていた喉も、公園の水道で我慢して、あきらめてしまいました。

あとから調べたところによりますと、「雄川堰」は川にあるのではなく、
町中を流れる用水路を指すのだとか。(「さすが名水の町、流量豊富な用水路があるな」と思った私の愚かさよ・・・(笑))
古くから生活用水として利用され、飲用には適さないんだそうです。

で、あきらめて向かったのが「織田氏七代の墓」。
今となっては明らかではないのですが、「織田宗家」という文字も見た記憶があり、
行く前には「織田信長って分家の出だよな、と言うことは信長とはあまり関係ないのか?」と、
その分家の信長に対する宗家の織田家の墓かと思っていたのですが
行ってみると実際には、織田信長の二男、織田信雄を初代とする、織田小幡藩の歴代藩主の墓でした。

織田氏七代の墓  全部は写っていませんが、織田氏七代の墓

考えてみたら、信長の子孫って目だってないよな〜、と。
こういうところで小大名をやっていた訳ですが、その後改易されたとか何とかで、
この地には七代分の墓しかないそうです。

その後、雲行きが怪しくなってきたのを気にしつつ、県道46号、富岡神流線を南下します。
その後国道462号に行き当たり、少し東進したところで、今度は県道71号、高崎神流秩父線を南下しました。
手元のツーリングマップルによると、46号は「広くなだらかな道」、
71号は「道幅広い舗装路」と注釈がついていますが、そういう区間もあったものの、
そこは山の中の県道、センターラインもガードレールもない林道のような区間もあったように思います。
ところで、国道に出る交差点のところにジュースの自販機があったので、またここで喉を潤したい、と停まりました。
しかしその自販機、どう見ても怪しい雰囲気をかもし出しています。
一応、コカコーラの自販機だったのですが、一部に既に見なくなったジュースや、
パッケージデザインの変更を受けたものでも変更前のデザインの見本が並んでいます。
不安を感じつつ・・・当時発売間もなかったコカコーラC2があったので大丈夫かと思いつつ
それを選べばよかったのでしょうが、炭酸はきついかと思って選んだ、確か壮健美茶は・・・
見事に賞味期限が過ぎていました(-_-;)
まぁ、大丈夫だと思って飲んだらやっぱり大丈夫でしたが。
ここでも近所の住人かな?おじさんに「鹿児島から?」と話し掛けられました。

県道71号から国道299号に乗り、秩父市内へ下ります。
世間はまだ休みではなく、そろそろ帰宅ラッシュの時間。道はそこそこ込んでいました。
私もそろそろ今日の寝床を確保しなければなりません。
汗を流すために、温泉にも入りたいな〜、と思ってツーリングマップルを見てみると、
「日本一温泉成分が濃い温泉」として、「都幾川温泉湯元館」なる施設が載っています。
すぐ近くに「木のむら」というキャンプ場もあるようです。目標はここに決めました。

以下工事中