9/23(金)

行程

会津若松市内〜会津武家屋敷〜松平家廟所〜近藤勇の墓〜飯盛山〜蒲生氏郷の墓〜市営安達太良高原キャンプ場

会津若松は北海道への行き帰り、そして今回と北上南下するとき全て通っていますが、
それはこの地の地理的要因はもちろんとして、
私の友人(人生の先輩なので、と言うと少々失礼かもしれません)が
ここの出身であると言うことは決して無関係ではないと思います。
特に意識はしていないのですが・・・
で、昨晩からその方にメールしていくつか見所を教えて貰いました。
朝は昨日買った南湖だんご。賞味期限は当日中でしたが、まぁ大丈夫でしょう。
量が多すぎて食べるのが嫌になるくらいでした。

さて、会津若松は北海道への北上中も少し見学していますが、
公園の隅に観光案内板があり、それによるとまだまだ見所は多くありそうです。
テント張った公園からいずれも結構近くにありました。
撤収してまず向かったのは会津武家屋敷というところ。
武家屋敷は復元されたものだそうですが、にしても入場料高過ぎ。
案内板に「士道会津の姿を後世に伝えるべく」云々とありましたが、
こんな入場料じゃあ営利目的としか思えません。
まぁ、入場したんですけどね・・・
それと高い金取るだけあって、結構見る価値はあったと思います。
入場して順路に従って歩くと、まず姿三四郎のモデルと言う、西郷四郎の銅像
それとその説明板
そこから、家老屋敷がありますが、建物に上がることはできず、
庭からの見学と言う形になるのですが(冬期間は上がれるんだったかな?)
説明も詳細でよかったと思います。
それから水車を利用した米の精米所があったり、
どういう建物か少し忘れたのですが、旧会津藩士が官軍として西南戦争に望んで詠んだ歌・・・
「薩摩人見よや東の大丈夫が下げ佩く太刀は利きか鈍きか」
(さつまびとみよやあずまのますらおがさげはくたちのときかにぶきか)
というのが壁にかかってまして・・・むむむ、と思いながら見てました。
他にも文学館とかありましたが、そちらは見学せず。
坂本竜馬を襲った、佐々木只三郎の墓なんてのもありました(その説明板)。
また先ほどの友人に「会津の酒をぜひ」と言われたこともあって、
土産物屋で酒瓶見ながら考えていたのですが、
積載の問題もありあきらめることにしました。
これからキャンプ場へ直行!と言うのならまだ大丈夫だったのですけどね。

武家屋敷を見終わったらバイクは置いたまま、松平家廟所に歩いていってみました。
結構暑くて、山一つが廟になっており、道もそんな良くないし
少し見学したのみで(その一その二)退散。 そしてその説明板
見終わったらバイクに戻って、距離的にはすぐそこなんですが近藤勇の墓に行ってみました。
新撰組は熱心なファンも多そうなのでこんな事言うと怒られるかもしれませんが、
私自身としては幕末自体にそう興味ないので、ついでだから行って見るか、見たいな感じです。
(本棚に一応「燃えよ剣」はありますけどね)
バイクで途中まで登ることはできたのですが、駐車場が舗装されてなかったのには少し苦労しました。
また、そこから結構歩くんですが・・・
そしてたどり着いた近藤勇の墓とその説明板。 私が新撰組に興味ないのは、結局何をしたのか良く分からないからか・・・
それとも興味ないから良く知りもしないのか・・・
しかしこの説明板を読んでもどういう功績があったのか良く分かりません。
時勢に逆らって有望な人材を取り締まったということなら大問題だと思うのですが。
まぁそこは墓前なんで、手を合わせて冥福を祈ります。
世間様はお休みだったのかな?結構人がいました。
山を下ってバイクに戻ると、新潟ナンバーのパジェロイオが隣に停まっていたのですが、
その持ち主らしい私と同年代ぐらいの女の子二人組に話しかけられました。
妙齢の女性に話しかけられるのは滅多にないことで、
おっさんに話しかけられるよりうれしかったのはいうまでもありません(笑)

それからまた距離的にはそんなにないのですが、白虎隊の悲劇で有名な飯盛山へ。
走っていくと「P」の看板と係員らしい人間が見えたのでそこに入れるかな、と
道路脇に停まったら「ここバイクは駄目なんですよ」といわれました。
「どうして?」と聞くとなーんかごちゃごちゃ言ってて話そらし始めたので(これナビですか、とか)
「駐車場ここだけ?」と聞くと違うとの事なのでさっさと走り去りました。
どうやら土産物屋の駐車場だったようですが、
食事しないと停められないとか言われるなら、それは向うも営業活動だろうしまだ分かりますが、
バイクが駄目、というのは意味不明ですね。
たとえば私が軽自動車に一人で乗っていっても断られるのでしょうか?
結局、公営の無料駐車場があり、無舗装なのはネックでしたがそこに停めました。
その駐車場の案内が出ていれば最初からそこに停めたのですけどね。

さて、その飯盛山ですが・・・
最初に言いますが「これって悲劇なん?」というのは正直な感想です。
私が鹿児島出身ということも、たぶんにあると思いますけれども・・・
「ベンチがあほやから野球ができへん」という有名な言葉がありますが、
まさしくトップが悪かったから、戦争しないといけなくなり、兵制や装備は旧態依然としたもので、
年端も行かぬ少年たちが出陣しないといけなくなったのではないかと。
トップがちゃんとしていれば、戦争は回避できたかもしれないし、
装備もちゃんとしたもので(少なくとも地の利はあるし、有利だったはずです)
少年や女性が出兵することはなかったはずなのです。
(同じことは西南戦争にも言えます)
それと、時代感覚と言うこともあると思います。
玉砕の対語は瓦全といい、「玉(価値あるもの)として砕けるか、瓦(価値ないもの)として全うするか」という、
元は中国から来た言葉です。
現代に当てはめると、不祥事起こした会社のトップの引責問題等・・・
すぐ辞めてそれでいいのか?という問題ですね。
すぐ辞めると責任を放り出したと見られかねず、そこから考えると少年たちの行動は
現代人にすればいささか理解できない部分があると思うのですが、いかがでしょうか?
ま、それは別問題として、なくなった方たちのご冥福を祈るのは当然のことです。
上のようなことを考えつつも、墓前にはちゃんと手を合わせました。

飯盛山

飯盛山を見終わると、市街地の方へ行って見ます。
その日はお祭りが行われていたみたいで、結構な人出でした。
街中走って探したのは、蒲生氏郷公の墓地であります。
メインストリート?から少し入った路地にありました。
近藤勇の墓や飯盛山と比べて、皆無ではありませんがまばらな人影でした。

蒲生氏郷公墓所

そこから、以前も利用した安達太良高原のキャンプ場を目指します。
一度使っているところなので使い勝手も分かっているし、
位置取りもいいし何より無料なのでしばらくベースキャンプにする予定です。
もう昼時から結構過ぎていたのですが、お昼ご飯がまだだったので、
走ってる間に見つけた「七福神」と言うお店へ。
「辛味噌坦々麺」を大盛りで地注文しましたが、結構美味しかったです。
そこからは以前走った道を逆にたどります。
土湯峠のトンネルを走るのは初めてでしたが、
ツーリングマップルに書いてある通り、トンネル内が坂になっていて、
それは少し怖かったりしました。
キャンプ場へ着いてみると、休みだからか人もそれなりにおり、
バイクツーリングの人も5人程度いたのかな?うち三人はグループでしたが。
テントを張ってから、歩いて目の前に「敷地の入り口」があるスカイピアあだたらへ。
帰るときに遠くに花火が見えたので、何かな?と思って少し待っていたのですが、
それ以降は上がらなかったようです。
そして暗い構内道路を歩いていると、向うからキャンピングカーが走ってきて、
そのとき私は交差点を車とすれ違うような形で渡っていたのですが、
そのキャンピングカーがウィンカーつけずに曲がってきて、
思わず轢かれそうになって結構怖かったです。
ご飯作って、明日からのことを考えつつ寝ました。

本日の走行距離

77.2km

本日の宿

市営安達太良高原キャンプ場

本日の家計簿

セブンイレブン水(トイレついで)100円
会津武家屋敷入場料850円
会津武家屋敷内売店全国の城郭地図530円
自販機ネクター120円
飯盛山内自販機コーラ150円
さざえ堂入場料400円
七福神辛味噌坦々麺大盛り850円
セブンイレブン休憩軽食266円
すかいぴああだたら入湯料500円
スカイピアあだたら内自販機烏龍茶150円


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