12/14(水)

行程

道の駅たまつくり〜予科練記念館〜牛久大仏〜間宮林蔵記念館〜道の駅しょうなん

夜中に寒くて目が覚めました。なんというか、寒さは上からやってくる、と言う感じで、
仰向けに寝ていたら、お腹の辺りが冷えるような気がするのです。
それで、横になったりうつ伏せになったりしながら寝ます。
ま、風邪も引いてないしそんな問題ないでしょう・・・
我慢できなかったら、ジャケットをお腹の辺りに掛けて寝るかな、と。
朝は一回七時ぐらいに起きたのですが、うとうとして結局八時起き。
テントの外に出てビックリ、霜がすごいです。
張る場所を失敗して、まだ日陰だったと言うこともあるのですが、
霜と言うより氷といった状態でフライが内も外もびっしり白くなっていました。
テントの中に入れていた、ご飯炊いたあと少し残った水とかもやしも凍っている状態。
そりゃ寒いの当たり前ですね・・・(^^;)
顔を洗いに野外の水道に行ったら水が出ず。凍結しているようでした。
しょうがないのでトイレの水道で洗顔、歯磨き等を済ませます。
トイレの横にある休憩室、電源ないかな?と思ったのですがありませんでした(^^;)
日記を書き終わってないので、どうしようかな?と思ったのですが、
せっかくエッジも通じることだし、朝書き上げてアップしてから行動することにします。
すこし不安ではありますが、撤収作業をしている間、
インバータのスイッチのみ入れて、パソコンのバッテリを充電しました。
起きてから少しゆっくりしていたこともあって、
撤収作業が終わったのは10時半くらいだったでしょうか。
それから日記を書いて、アップロード。
これが約一時間くらいでした。
休憩室の大画面TVでは、姉歯元建築士の証人喚問の様子をやっていました。
なんというか、国会議員もあんな答弁されて良く怒らないな、と。
普段からああいう答弁に慣れているということなんでしょうかね。

そうそう、ここはゴミ箱も設置されているいい道の駅(^^;)
作業が終わるともう12時前だったので、ここでご飯を食べていくことにしました。
すると、またむかつくことがあった。
私が座ったのは、入り口入ってすぐのレジ前の席だったのですが、
私が普通にご飯食べていると、坊主と作務衣姿のおばちゃんが代金払いにレジの前へ。
まぁ、当然別によく聞いて居た訳ではないのですが、
坊主がレジのお姉ちゃんに話しかけて、どうやらいいお婿さん紹介するよ、
見たいな話だったんだろうか、「仕事大好きという人、ギャンブルしない人」という。
つまりそれがその坊主から見た、女性が望む伴侶の姿なのだろう。
で・・・そのあとに「髭はやしてない人、色眼鏡掛けない人」と言った。
ぴったり私に該当。プッチーン、である。
ふざけやがって、「おいジジイ!なんだそりゃ!」と言うと、
向うも「私はこっちの人に話している」とレジの姉ちゃんを言う。
「それをあてつけって言うんだよ!それでも坊主か!」と言ったのだが、
そのあとは良く覚えてないです(^^;)
「こんなめし食えるか!」と席を立とうとしたのですが、
考えてみると、お店の人に責任があるわけではないし、
何よりもったいないのでそのまま最後まで食べました。
腹は立ったが、別に暴力とか振るったわけではないし、追いかけたわけでもないし、
ま・・・自分でもそこまで頭に血が上るわけではないらしい。
食べ終わったら普通に会計を済ませます。
レジのお姉ちゃん(と言っても、3,40代に見えましたが)、
「あのジジイはよく来るの?」と聞くと、初めてのお客です、と。
「言っとくけど、俺はギャンブルしないし、ちゃんと働くから」と言って、
「大声出してごめんね」と言って出てきました。

それでもまだ腹は立つ。くそっ、と思いながら、
そういえば以前嫌なことがあった(9/19参照)のも、
茨城県のことだったな、と。野田ナンバーと言うのはまだどこかはっきりしないのだけれども、
茨城県人はそういう人の神経逆撫でするようなことが得意なのだろうか?と思ってしまう。
もちろん、世の中いろんな人がいて、茨城県人がそういう人のみではないというのは頭では分かるし、
そよの県にだっていっぱい嫌な人間はいるのだろうけれども、
旅の中、接する人間が少ない中では、その少ない接する人間が、
その土地を代表しているように感じられるのもまた事実。
人間はともかくとして、印象はワーストなのはもはや決定ですね>茨城県
走りながら、もう仏教なんか、と思いましたが、
悪いのはあの坊主であって仏教ではないだろう、とも思い、
耄碌ジジイの言うことだから、そんな気にしないでもいいかな、と気持ちを落ち着かせます。
ま、ホントになんでわざわざそういうこと言うのか分からないんですけどね。
何の接点があったわけでもなし、ただ同じ場所でご飯食っていたと言うだけ。
爺さん婆さん、いろんな歳の取りかたあると思うけれども、
こういう歳の取りかただけはしたくないと思ったのでした。

ああ、それと撤収中にペグの袋がないことに気づいたり、
霞ヶ浦越しに筑波山が見えたので、眺めながら写真撮ったりしました。
手も冷たくなるので、何か方法無いかな、と思ったときに、
こないだ貰ったカイロを思い出し、お腹のあたりに張ってみます(服に張るタイプ)。
するとこれがなかなかいい感じでした。
すぐそこを通る霞ヶ浦大橋は、マップルや0円マップにも有料道路として載っているのですが、
案内板では、地図の橋の名前の下に有料道路とあったらしいのが、
白いテープが張られて消されているので、おそらく無料化されたんだな、と。
その橋を通って、「予科練記念館」と言うところに行って見る事にしました。

嫌なことがあるとやっぱり弱ってしまうもので、
最初からその可能性が大きかったのだけれども、
正月は実家に帰ろうかな、と思ったりします。
そうなると、早めにスケジュール決めとかないとな、と。
東京まで巡ってみて、それから一気走りというのが、
今度来るときに東京を巡らなくていいから良いのかも知れない、と思ったり。
まぁそれはさておき、結構道が分かりづらくて霞ヶ浦沿いを走ろうと
県道に入るも上手く行かなかったり。
土浦市街はメインストリートらしき国道も道が分かりづらいし、
結構迷ったりしながら、その予科練記念館のある方に向かう国道125号線に入ります。
案内あるだろう、と思ってのんびり走っていたのですが、
見当たらず。最初ナビにて検索しても見当たらなかったので、
ナビに案内させもしていなかったのですが、
さすがにおかしいな、と思ってマップルとナビの地図を照らし合わせてみると、
ナビで「自衛隊武器学校」として載っているところの敷地内にある様子です。
結構行き過ぎていたので引き返し、そちらを目指します。
注意して走っていると、あまり目立たない案内がちゃんとありました。
が、そこも一回行き過ぎてしまったので、
Uターンしてから入って行きます。
さすがに自衛隊の敷地内らしく、迷彩服姿の衛兵さんが詰めており、
私が行くと敬礼されました(^^;)
で、「予科練記念館に行きたい」旨告げると、
バイクを停める場所を教えてくれ、受付をしてくださいとのことでした。
その通りにすると、今度は受付の方が詰め所を出てきて、近くの案内板で説明を。
ここから先は立ち入り禁止なので入らないでください、と言う注意と、
記念館の場所の案内をしてくれました。お礼を言ってそちらに向かいます。

歩いていくと、右手に古い戦車。どうやら第二次世界大戦中のものでしょうか。
それから建物沿いを歩くと、正面に戦闘車両がずらっと並んでいます。
古いものから、新しいものでは90式戦車とか99式自走榴弾砲だったかな?
そういうものがあったりしました。
90式戦車の性能表で「1500PS」とあったのには結構驚きです。
こないだまで国内の自動車には280PSと言う自主規制があったのに、
その五倍以上ですからね・・・比べるのが間違っていると言う話もありますが。
それらを見ながら歩いていくと、山本五十六元帥の銅像がありました。
碑文を読んだり、写真を撮ったりしながら、
合掌すると言うのもチト違うし、敬礼するのも恥ずかしいし(^^;)
結局何もしませんでした。
その功績は有名なところでしょうから説明は割愛します。
一応、提督の決断(第二次世界大戦を扱ったコーエーのゲーム。
中国で開発していたら中国人スタッフにボイコットされたといういわくつき)
の影響で、太平洋戦争の知識も一通りあるつもりですが・・・
特攻について、さほど効果は無かったという事実があるらしいのですが、
そういうことは書いていなかったので、それは少し問題かな?と思いました。
以前、宮城の青葉城の護国神社のところでも書いていますが、
それ以上はここで触れるには大きすぎる問題だと思うので述べません。
ただ、記念館の横の庭園の碑文に、
「無限の未来を秘めた生涯を祖国防衛のために捧げてくれたという崇高な事実を銘記し」
と言うくだりがあったのですが、それは本当にその通りだ、と。
涙をこらえて、合掌し冥福を祈ったのでした。
断章取義かもしれませんが・・・
上に書いたとおり、それ以外の部分はデリケートな問題なので割愛します。

さてそれからどうしよう、と・・・
もう午後三時近かったので、どこに行くのにも微妙な時間です。
昼の件でなんというか倦怠感があったので、
もうテント張りに行くかな、と0円マップに載っていた、
通年営業と言うキャンプ場に電話してみたのですが、
ちょうど第2、4水曜がお休みと言うことで、今日はやっていないと。
明日以降のこととか、予約の方法とか確認して電話を切ります。
しょうがないので0円マップにて、先日書いた「牛久大仏」が近くであるのを発見し、
行ってみることにしたのでした。

ルートはまたもナビに案内させます。
ルート案内の設定の仕方もあると思うのですが、
結構細かな県道を走るルートを表示してくれます。
で、従って走っていると、途中信号待ちにて、
もう大きな頭が見えてきだしたのでした。
それから園の外を巡って入口から中へと入ります。
結構広い園内で、駐車場もたくさんありましたが閉鎖されているところがほとんど。
ま、大仏様の姿を目印にして行って見ると、開いている駐車場がありました。
結構意外なのは若い人が多い、ということですね。
それと浄土真宗東本願寺派、とあって、西本願寺派と大谷派じゃなかったっけ?と思ったり。
先ほど坊主にあんな事言われたばかりですが、
それはやはり、あの坊主が悪いのであって、仏教に罪はない、と。
で、こちらがそのお姿。
そんなに大きく見えませんが、それは遠くに立っているから、で、
また遠くからでないと、全身が入らないと言うこともあるのかな?と。
見るだけだったら無料なのですが、園内に入ったり、
大仏様の胎内に入ったりするのは有料です。
二種類料金があるのですが、どうせ金払うなら胎内拝観までしますが、
それは700円との事(夏料金と冬料金とあるようです)
少しもったいないかな、とも思い、
また像は外から見るものだよね!と思って無料地域だけに留めました。
はっきり言えば、あまり資金に余裕がない、という事もあります(^^;)

それから、別々の方向に、
間宮林蔵の記念館(無料)と、伊能忠敬の記念館(有料)があるのですが、
もう午後三時半くらいだったので、閉館の時間は分かりませんが、
有料のところに行くのなら、ゆっくり見たいし、ということで、
無料の間宮林蔵記念館を目指すことにしました。
またもやナビで検索すると、約30分の道のりだと言うこと、
閉館16時で無い様に!と祈りながら走ります。
また結構いろんな県道を走って到着。
細い農道の中の、畑の中にあるところでした。
入っていくと、移築復元された生家と、間宮林蔵の像、記念館がありました。
記念館は16時半まででしたので、ホッとします。
入館したのは16:10ごろだったでしょうか。
迷惑にならないように駆け足で見ましたが、
まぁ無料と言うこともあり、そんな大きなところではありません。
林蔵が最も情熱を傾けた、「蝦夷図」という北海道の地図があり、
それが現在我々が見る北海道の地図と海岸線はあまり変わらないので、
その正確さに驚いたりもしました。
それから、稚内で行った、「渡樺の地」の写真があって、
ああ、ここ行ったなぁ、と懐かしく思ったり。
もうあれからどれくらい経つのでしょうか。
そんな感じでざっと見て、外に出ます。
像はあまりいい出来でもないかな・・・と思うので割愛。
駐車場に戻ると少年たちがサッカーボールで遊んでいました。

さて今日の宿泊地探し。
明日、前述した伊能忠敬記念館に行こうかな?と思っていたので、
そこまで走ることも考えたのですが、とりあえずここから一番近い、
「道の駅しょうなん」を目指してみることにしました。
しょうなん、と言うのは沼南であって、手賀沼と言う沼の南にあります。
沼が近ければ、緑地帯もきっとあるだろう!と期待してのことでした。
途中、国道6号線を通りながら、6号をまともに走ったのは初めてのような気がし、
一桁国道の場所を思い出しながら、全部通ったかな?と考えてみて・・・
山陽を走る2号がまだかな、と。それ以外は走ってますかね・・・
3号もちょっと微妙かな?福岡抜けるときのルートによっては通ってないかも?
でも、関門トンネルって何号線かな?
真ん中別れで九州側3号、本州側2号だったら全部走ったことになるんですけどね。
そういうことを考えつつ、また野田ナンバーも結構見たので、
やっぱりここあたりのナンバーなんだ、と思ったりします。

さて、道の駅しょうなんに着いてあたりを散策してみると、
道の駅ではないのですが、そこからすぐの沼のほとりに整備された遊歩道があり、
その脇でテント張れそうです。
それを確認し、休憩室を見てみると、
Bフレッツ無線LANが、一時間無料で使えるとか書いてあり(パソコンは持ち込み)
そこの下に、パソコン用だと思われる机と椅子があります。
電源はクリスマスツリーとかに取られていてダメかな、と思ったのですが、
ちゃんとコンセントの空きが一つありました。
「ナーイス!」と思ってパソコン持ち込んで起動。
すると、バッテリが70%ぐらいしか充電されていなかったので、
満充電されるまで、ここで粘って日記書くか!という感じでした。
で、満充電は19時くらいになりそうな感じ。
日記書いていると、道の駅の担当者みたいな人が出てきたと思いますが、
特に何も言われませんでした(^^)
それと、彼女からあとからTELしていい?のメールあり。
まだテント張っていなかったのですが、
半分休憩室に寝袋だけで寝ようかな、と言う気にもなって、
電話するまで日記書くか!という感じでした。

ところが、電話の前にメールしてと言ってあったのですがメール来ず。
さすがに少し遅いな、と思い・・・
電話終わってテント張ったら自炊するつもりだったのですが、
休憩室が閉まる時間を聞くのもかねて、
もう遅くなったし、併設のレストランにて食事することにしました。
すると、レストランと一緒に21時に閉めるとの事・・・
うーん、目論み外れたなぁ、と。
ちなみにタンタン麺と餃子。
タンタン麺は少し辛さが足りないし、量が少ないかな、と思いましたが、
結構どっちも美味しかったです。
食べ終わったら携帯の電池が少し不安だったので、充電しながら電話を待ちます。
すると、お兄さんがやってきて「日本一周の方ですか?」ときかれました。
携帯のACアダプタ取りに行ったときにバイクが二台停まっているのが見えたのですが、
どうやらそのライダーの方のようでした。
ちょうど自販機の前で、120円どうぞ、と差し出されたのですが、
さっき水もいっぱい飲んだ後ですし、いいです、と断ります。
で、これまでの行程のこととかいろいろ話をしました。

そのライダーが立ち去ってしばらくするとTELあり。
メールで困ったことになった、と言っていたものの、
そんな大したことではないように思えました(笑)
で、昼の出来事とか話しつつ、閉まる時間が近かったので
外に出たのですが、すると先ほどの方から缶のお茶を差し出されました。
さすがにそれはありがたく受け取って、彼女とのTELを続けます。
バイクはFZと、スズキのワークスカラーのものでした。
茨城にはいい人も・・・と思いかけて、いや、ここ千葉だし、と(^^;)
どこの方か分かりませんけど、ご厚意に感謝です。
そんなこんなで一時間半くらい話をし、
途中で巡回パトが来たものの特に何も言われずホッとし、
電話が終わったのは22時前でした。
TEL中からテント張るかシュラフだけで寝るか、迷っていたものの、
すこし風があることと、道の駅の施設の軒下は、
結構明かりが多くて眠れなさそうな上に目立ちそうです。
しょうがないので来た時に目を付けた場所まで降りて、
テントの設営をして潜り込み、今後のスケジュールも考え、日記の残りを書きます。
走行距離、見たらちょうど100kmでした(^^)
明日はいい日でありますよう・・・
カイロは効果あったのですが、効果は12時間と言うことで、
また新しいものを貼り付けました。
今、0:40・・・
以前の日記も書こうと思っているのですが、
その日の分だけで終わってしまって、なかなか進まないですね(^^;)
あとお風呂入りたい・・・ここあたり温泉ないし、健康ランドに泊まるべきか・・・

本日の走行距離

100km

本日の宿

道の駅しょうなん(近く)

本日の家計簿

道の駅たまつくり内レストランシーフードミックスフライ定食1,280円
予科練記念館内自販機コーヒー110円
道の駅しょうなん内自販機ココア120円
上記内レストランタンタン麺、餃子1,170円


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